「人の思いを無視する」発達障害者。発達障害者と恥ずかしがり屋の相性がとにかく悪いみたい

失礼な態度


「思い」もちゃんと理解したいな。ちかです。

私は発達障害、自閉症スペクトラム障害なのですが、恥ずかしがり屋とは父のことです。
父と話していて、何が言いたいのか全く分からないことがあります。
思いを言葉に乗せて話しているらしいのですが、理解できないんです。

そうなった場合に、私と父との間にはギスギスした誤解が生まれてしまうことがあります。
「思い」を無視したような発言をしてしまうからです。

なぜ私が「思い」がわからず、相手に誤解を生んでしまうのか考えてみました!

恥ずかしがり屋の人は「本当に言いたいこととは違うこと」を言うのね

人間、大人になると「1から10まで言わなくても伝わる会話」が多くなるんですね。
最近知りました。(笑)

「1から10まで言わなくても伝わる」というのは、「察することで会話をしている」ということです。
これはふつう考えなくても分かるというレベルで、自然に察して生きてるんですよね。
その察している内容というのは、「感情」だったり、「状況」だったり、いろいろなんです。
詳しくはわかりませんが。(笑)

そうやって「感情」とかのいろいろな情報が乗った言葉を使って話すのは、それが相手もわかるからです。
大人になると、みんな察する力が上がってくるということなんでしょう。

そうなると逆に、「察することができる人」に1から10まで説明することは失礼、馬鹿にしていることになります。
でも私のような発達障害者にはそれが必要なことが多いです。
失礼じゃなくて、助けてくれてることになるんです。

それをふまえて家族に教えてもらったりして考えた結果、恥ずかしがり屋の言うことが発達障害者にとって一番わかりにくいと思いました。

「自分の思い」を決して語らない

恥ずかしがり屋の人は、自分の「思い」などを決して語りません。
「思い」というのは私のわかる言葉で言えば、「あなたを心配してるんだよ。」ということです。

それはふつう、話している内容から判断できることのようですが、わたしにはわかりません。
そのとき話している内容って大体「こうした方がいいよ。」とかのアドバイスなんですが、私は「なんでそういうことを言ってくるのかな?」と意味がわからずに話についていけなくなります。
なんていうか、「突然不可解なことを言ってきた!」っていう感じに受け取ってしまうんですよね。

だからここで、行き違いというか、状況がおかしくなってしまうんです。
恥ずかしがり屋の人は「心配して言ってるってわかっただろうな。」と思っていて、
私は「突然何を言っているんだろう?どういうことかな?」と、思いはもちろん、口に出したアドバイスさえ理解できない、なんだったら「責められた、否定された」と感じてしまうんですよね。(笑)
最悪の行き違いです。

「感情」がわからない人と「感情」を語らない人

こうなると、私は「何言ってるの?」とか「意味がわからないんだけど。」と言います。
これをもっとうまく伝えられると勘違いも減るとは思いますが、ちょっとどうしたらいいのかまだ分かりません…。
そんなことを言われたら相手の恥ずかしがり屋の人は怒ると思います。
「なんだよ!人が心配してんのに!どうせ余計なお世話ですよ!」みたいに思うんじゃないかな?
そんなつもりはなかったです…。ごめんなさい…。

こんなふうに絶対にわかり合えないところに行ってしまうということなんですね。

理由がわからないと、言ってる意味がわからない

感情を言わないということは、なぜ、今口に出している言葉を言っているのか理由を言わないということです。
いや、正確には違う言葉に乗せて言っているんですけどね。(笑)

理由もなく何か言ってくる人がいたらなんか不信感抱きませんか?
せっかく心配していってきてくれていることも、感情が受け取れない私にとっては、「理由もなく何か私に言ってきている」という状態になってしまうんですね。

でも経験上、何か理由があるはずだとは思うんです。
だから質問をしますが、その質問がうまくできません。

そんなところも発達障害者が誤解を受ける要因なんじゃないかなと思います。

相手は「思い」を否定されたと感じてしまう

自分が「その人への思い」を乗せて話したことを、「何言ってるかわかんない。」なんて言われたら、ものすごくいやだと思います。
でも、発達障害者はそんなつもりもなく、というか、思いが乗っていたことも知らずに、言ってみればとても淡白に「理解できない。」と言ってしまうんですよね。

この食い違いは一番悲しいことだと思います。
ただ「伝わらなかった」だけなのに、その人たちの関係はギスギスしたものになるでしょう。

わかっていないのは「なんだ。そんなこと?」というようなこと

こういう勘違いは家族の誰と話していてもあります。
ただ、母や姉のときは解決するのが早いんです。
そんな時に言われるのが「なんだ、そんなところでつまずいてたの。」ということです。
さらに、「そこがわからないんじゃ意味わかんないよね。」とも言われます。

つまり、発達障害者である私がわからないと言っているのは、発達障害ではない人なら考えるまでもなくふつうにわかることだということなんです。
その普通にわかることがわからないから話についていけないんですね。

「思い」は発達障害者にもある

逆に言えば発達障害者の私のほうにも、「相手を理解したい」という思いがあります。
だからこそ、そうやって質問をするんです。
でもその質問が一般的な会話ではただの「いやな発言」なんですよね。

わかっていないときにどんなふうに聞いたら誤解がなくなるんでしょうか。
こちら側でできる工夫があるといいんですけどね、どうしても知らぬ間に「いやな意味を含んだ発言」をしちゃっているんですね。

どうにかうまくいく方法がわかるといいんですけど、なかなか思いつきませんね。

話が通じるかどうかは相手次第なのかもしれない

私の側では「質問をする」くらいしかできないかもしれません。
なんだったら、こういう話のとき質問すらできなくなってしまうこともあるんです。
なんでそんなふうに言ったのかを聞いたら怒るかもしれないし、もしかしたら今怒っているかもしれないと思って何も聞けなくなってしまうことがあります。

そんな時はまさに相手次第で、相手は私の表情を見てなんかおかしいなと判断して聞いてくれたりすることもあります。
でも本当はわからない私のほうからアプローチできるのが理想ですよね。
そうじゃないと相手次第になってしまうからです。

でもそれって、しょうがないことなのかな?
発達障害でない人だってわかりあえる人とわかりあえない人がいるんですよね。

じゃあしょうがないことなのかな?
そうかもしれませんね!

まとめ

今回は発達障害があるということによって起きてしまう勘違いや誤解について考えてみました。
これはもしかしたら一番大きな問題なのかもしれませんね。

今のところ有効な手立ては思いつかなかったので、とりあえず「そういうこともあるよ~。」と認識しておくことが大事かなと思いました。

発達障害者と話す人は、ストレートに表現するということを心掛けると話が通じやすいかなと思います。
あと、なんかわかってなさそうな時は「このくらい当たり前」ってことを伝えてあげると途端に理解できるかもしれませんよ!

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