「マニュアル」は発達障害者には役に立たない!?【働くのが怖かった理由】

マニュアル


マニュアルがあってもわかんないことだらけ!ちかです。

私は今までいくつかの仕事をしたことがあります。
そのなかで大変だったのが、「マニュアルのある仕事」でした。

おかしいと思いますよね?
普通マニュアルのある仕事は、マニュアル通りやればいいだけなので、なんの問題もなく過ぎていく簡単な作業ですよね。

でもそのマニュアルは発達障害者、少なくとも私にとっては、全く意味のないものでした。

このことは、最近になって仕事についての話を家族としている時に気がついたことなので、当時は「なんかおかしいな?」としか思っていませんでしたし、なんかわかんないけど突然怒られるということもありました。

それが今になって、「マニュアルがある時に起きていた理解の違い」がわかったので、まとめてみようと思います!

マニュアルは「暗黙の了解」が前提になっている!

マニュアルというものを見ても、私にとってはわからないことだらけで、それを先輩などに質問してもなぜか、「マニュアル通りでいいから。」と言われてしまうということが大変多くありました。

そして最近、家族と話していてその謎が解けました!
それは、マニュアルは、発達障害者にはわからない「暗黙の了解」を前提として作られていたということです!

具体的な例をもとに考えてみました!

具体例)電話マニュアルの場合

ある仕事で、電話をかけないといけない作業がありました。
そして、その作業について、懇切丁寧に言葉まで指定されたマニュアルが存在していました。

そのマニュアルには、「聞かなきゃいけないこと」「それに返事をしてきた時に言うこと」にかぎらず、かける前の準備から切るまで、全部の指示が事細かに書いてありました。

「それならなんにも心配ないじゃない。電話自体が怖かったのかな?」と思われるのではないでしょうか?
でも、このマニュアルには大事なことが全く書いていないんです。

それは、マニュアル以外のことを言われた時どうしたらいいのかということです。
そんなもんは、「担当の者に代わりますので、少々お待ちください。」とでも言って電話を代わればいいですよね。
実際私もそうしていました。

でもここで重要なのは、「そうしてくれ」と書いていないことなんです。

この電話対応のある職場では、私の双子の姉も一緒に働いていた時期もあります。
その姉が言うには、「マニュアルがあって、そこに書いていないことが起きたら、『あなたの判断するところではありませんから、担当者に任せてください。』ってことだからね。」ということでした。
そういうことだったんですね。(笑)

つまりこれが「暗黙の了解」だということなんです。

そして、「そういう時は電話を代わってください。」がないことで、私に生じるのは、「電話を代わらない」ということではありません。
「『電話を代わるのが正しい』という確信がなくなる」ということなんです。

これが大問題で、こういうところに不安が生じると、何をするにも怖くてしょうがなくなるということになります。

なぜそうなるのかまとめてみます!

「暗黙の了解」がわからないと、「正しい判断なのかどうか」がわからない

ここで、暗黙の了解があるということがわかっていないと、自分のした判断は良かったのかどうかがわからないということになります。

というのも、そこではふつう、判断はしていなくて、暗黙の了解のもとで動いただけなんですよね。
でもその暗黙の了解がわからないと、自分で「今は担当者に代わるべきだな。」と判断して、その結果をその担当者に聞きに行かないといけないという状態になってしまうんです。
あくまで私の中での話ですけどね。
相手の人は暗黙の了解なので、なんとも思ってないんだと思います。

この状態って精神衛生上とても良くなくて、ずっと心配したり、怒られるかもしれないという不安と戦っている状態なんですよね。
それに、こういうちょっとしたすれ違いによって、相手に自分のことを全く理解してもらえないということが起きます。

表面上「全く問題ない」ので質問をしたり、助けを求めても取り合ってもらえない

↑で出した例を見ても、表面上問題は起きていないですよね?
それが問題なんです。

これは仕事をしていく上で常にそうで、どんなに自分の中では押しつぶされそうなほど心配だったとしても、「何も問題なくなんでもできる人」として判断されてしまったり、さらによくあるのが、「なんであんなに難しい作業ができて、こんな簡単なこと質問してくるんだろ?」みたいな扱いをされてしまったりすることかなと思います。
しょうがないんですけどね。
人の心の中なんて、だれもわからないですからね。(笑)

でも、一度そういう評価を受けてしまうと、本当に誰も、「助けを求めていること」を本気にとってくれなくなります。
どんなに自分の中で大問題が起きていても、「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」とか「それで十分だよ。」とか言われてしまうんですよね。

そう言われても私にとっては「どれで十分なの?(泣)」って感じなんですけどね。(笑)
完全に暗黙の了解がわかってると判断されてしまうんですよね。

こうなったら、あとは孤独感との戦いだし、相変わらず質問をするので相手には「そのくらい自分で考えて。」などと言われてしまったりして、ショックを受けるということにもなります。

問題なく「動けている」ように見えても、問題なく「察している」わけじゃない

ここで問題なのは、表面上問題なく動ける人は、問題なく察していると思われてしまうということです。
そうなると例えば、「似たような状況になったら、今回と同じようにできるだろう。」とか「この人になら、違うけどあの仕事も任せられるな。」とか思われてしまって、さらに窮地に立たされていくという現象が起きていってしまうんです。

これって本当は、「評価されている」ということなので、いいことなのですが、この「評価」自体が間違っているので、そこが問題ということなんですよね。

相手が発達障害者であるとわかっている場合、何か問題なく見える動きも、ふつうとは違う何かの状況のもと動いているかもしれないということが考えられるかなと思います。

まとめ

今回は私が「仕事をしていた時に一番大変だったこと・辛かったこと」を書いてみました!
その仕事自体は楽しくできていたとしても、どうしてもそういう面で、障害が出てしまうということもありますね。

↑で出した例は電話応対に対してでしたが、電話があるからダメというわけでもないんです。
電話のマニュアルのない電話応対のある仕事もやっていましたが、その時に「電話が嫌だ。」とか言ったことはないです。

だから本当に、自分でもよくわからないくらい、何が大変なのかわからなかったんですよね。

それに、今回の話は自分でも驚きの内容でした。(笑)
これがわかって、自分は何が苦手なのかがさらにわかって本当に良かったなと思いました。
ブログを初めて始めの頃、「働くのが怖い」という理由を考えている記事がありますが、その記事の中で、怖いと感じていたものがこれだったんだなと、本当の意味でわかったんだなと思います。
関連記事:「働くのが怖い」と思ってしまう理由

自分が何ができて何ができないのかということは、発達障害者に限らず、誰でもみんな、わかった方がいいことだなとやっぱり思いました。

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