発達障害の前に「心がすさんでる」人、多くない?

不安


そりゃ、すさむよね~。ちかです。

自分が発達障害だとわかってから、家族と発達障害について考えることが多くなりました。

そして考えていく中で私はどんどん気持ちが楽になって行っているというか、明るい気持ちになれることが増えています。
ここ何年かのよどんだ気持ではなく、楽しさとかを感じられていた時のように「戻れている」と感じています。

そうなってみると、「今まで自分はどれだけすさんでいたのか…。」と感じます。

つまり、発達障害者は発達障害が原因となって悩んでいって、その結果心がすさんでいる、さらに、すさんでいるからしてしまうこともあるのではないかと思います!

自分の中には発達障害のほかに悩みもあるんだということがわかると、自分の発達障害を理解しやすくなるのではないかということについて考えてみました!

発達障害には「自分の意志」は関係ない

発達障害が障害と言われるのは、自分の意志とか関係のないところで何かが起きてしまうからじゃないかと思います。

でも、発達障害ではない人にとっては「意思をもってやる」ようなことだったり、そうでなくても「理解はできる」ことだから発達障害者も「自分の意志でそれをした。」と思ってしまうと思います。

こうなると自分の発達障害を理解することから遠ざかると思います。

例.空気が読めない

発達障害というとよく言われるのが「空気が読めない」ということじゃないかと思います。

「空気が読めない」という言葉にはその場でその瞬間、「こういう流れがあった」ということが自分ではわからないという意味合いがあると思います。
でも、発達障害者の「空気が読めない」は、その流れがあるかもしれないという概念すらないという意味での「空気が読めない」だと思います。

だからあとから説明されたとしても、発達障害でない人のように理解することができないと思います。

これは「空気を読む気がない」のでも、「流れを理解する気がない」のでもなく、その概念すら知らないということなんだと思います。

ふつうはそれを何かしらの方法で何となく感じ取るので、「流れ」とか「雰囲気」という概念があるなということがわかると思いますが、発達障害者はそれを感じ取る能力がない場合があり、そうなるとそれをどんなに説明されたって理解することはできないと思います。

でも、ふつうは当たり前にわかることなので発達障害でない人から見たらどうしても「この人理解する気がないんだ。」という風に見えてしまうと思います。

そして発達障害者も、自分のまったくわからない話の中で「理解する気がないから理解できない」と言われてしまうと、「自分は人を理解する気がないんだ。」と思うようになってしまうと思います。

こうなってしまうと周りの人はもちろん、発達障害者本人でさえ、自分自身のことや発達障害のことを理解することができなくなって、「ただの嫌な人」という理解になっていってしまうのではないかと思います。

こうやって、「発達障害」と「悩み」がごっちゃになって理解できなくなるのではないかなと思います。

発達障害を理解するには「発達障害ではない」を知る必要がある

発達障害者が「何ができないのか」を知るには「本当は何ができるのか」がわからないといけないと思います。
さらに、周りの人に発達障害を理解してもらいたいなら尚更、それを説明できないといけないと思います。

でも、↑でも書いていますが、発達障害者には「本当は何ができるのか」を理解することはできません。

だから、理解するんじゃなくて「そういう概念があるもんなんだ。」という知識をつけることが大事じゃないかと思います。

「発達障害でない」世界では想像よりもたくさんの情報が行きかっている。

発達障害者の考える情報はそうではない人と比べると格段に少ないです。
これは最近家族と話をしてわかってきました。

例えば何か質問をしたとしてもその言葉に乗る情報というのはいくつもあって、まったく考えもしないような意味を含んでいることがあります。
良い例が「気持ち」や「気分」です。

質問には「不快感」や「否定」の感情が乗っている場合が多いみたいです。
というのも、発達障害者のするような質問で聞きたいことと言うのは、発達障害でない人なら簡単にわかることである場合が多いからだと思います。

あとは、発達障害者自身がその言葉に乗るかもしれない感情を理解していないことで、その感情が乗らないように気を付けることができないからです。

そうなると、感情が乗っているのが当たり前の発達障害でない人と、その感情を理解できない発達障害者の間で、アンジャッシュのコントみたいにすれ違ったまま話が進んでいって、両方が嫌な気持ちになって終わることになると思います。(笑)

心がすさまないためには…

悩みと発達障害を区別するためには、やっぱり発達障害のことを理解していくことが大事なのかなと思います。

そして発達障害を理解するには「発達障害ではない」を知っていく必要があると思います。

だから、とりあえず「発達障害でないとできること」を、理解しなくていいから知っていくことだと思います。
でも、これを知っていくことは自分にできないことを知っていくことにもなるので、ここでも精神的にきついと感じると思います。

それでも、なにも理解できずにすさんでいるのと、ちゃんと自分のことを理解していくのとではその後の大変さが違うと思います。

発達障害は気にしなければいいものでもないと私は思います。
逆にちゃんと理解して対策をすれば、良いほうに変わっていくこともあると思います。

相手に理解してほしかったら自分から相手を理解することが大事ということなのかなと思いました。

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