発達障害者には「励まし」の気持ちが通じないことがある。

こんなにもわからないことがあるなんて…。ちかです。

発達障害者と話していて、ケンカのようになることは結構多いと思います。

それはお互いの勘違いから起こることが多いのですが、中には、発達障害者が何か相手の感情に気が付いていないことで起こることもあります。

その「気が付いていない感情」というのは結構あるのですが、私の場合、「励ましの感情」を感じ取ることが全くできません。

「励ましの感情」というのはプラスの感情で、相手のためを思ってやることですよね。

そういう風に、「励ますというのは相手のことを思っている、温かい感情だ」ということはわかっていると思います。

でも、それがどんなタイミングで使われているのかがわからなかったり、いざ励まされているときに、励まされていると気が付くかというと、全く気が付かないということになります。

そして、問題が起きることが少なくなってきている今、唯一といっていいほどの問題が「励ましが通じない」ということです。

「励ましが通じない」とは…

「励ましが通じない」というと、「落ち込んでいるのに励ましても聞いてくれない」ということのように聞こえますが、そうではなくて、「励まされていることに気が付かない」ということです。

それはあくまで発達障害者側からの見方で、相手の人からしたら、「落ち込んでいるのに励ましても聞いてくれない」という状態かもしれませんけどね。(笑)

でも、発達障害者の内部では「励まされていることに気が付いていない」という状態になっているということみたいです。

「励まし」は感情の問題?

「励ます」というのは、おそらくは感情の問題で、何かを解決しようとしているのではなく、気持ちを切り替える必要があるときにすることなんじゃないかと思います。

つまり、「励ます」ときも「励まされる」ときも、その時に起きているのは「感情の問題」ということですよね。たぶん。

私にも「励まされる」という経験も「励ます」という経験もたくさんありますが、「その時に考えていることは発達障害でない人たちとはなんか違うんだろうな」と今回のことで思うようになりました。

私も決して、相手のことを考えないのではなく、相手のためを思って何かを言ったりとかすることもありますが、その根本にある部分が何か違うなということを強く感じたということです。

「よく似た思い」ではいるけど、何かわからない部分がある

今回「励ましの感情」についていろいろ話をしていって、どういう思いがあるとか、何を考えているとか話してもらいましたが、話が進むごとに「わからない領域になにかがあるんだ」という感覚がつよくなりました。

励まされているときに、すぐ「相手が励ましてくれているんだ」と気が付くことはないですが、色々な話をしてもらって、「そういうことか」とわかったことも結構ありました。

でも、その話の中に、「ん?どういうことだろう…」とか「そういう何かがあるんだ~」と思うようなことも結構あったのです。

感覚的には、知らない色の名前を言われたような感覚です。

今色の名前を調べてみたら「まそお色」というものがありました。

まそお色を知らない人は、

「まそおってどんな色だろ?漢字ではどう書くんだろ?」

と思いますよね?

発達障害者が感情の話をされているときというのはそんな感覚に近いんじゃないかと思います。

ちなみに「まそお色」は「真朱色」と書くそうで↓のような色のことです。

発達障害でない人は息をするように感情を乗せて話している

この問題の難しいところは、発達障害者のほうももちろん感情を乗せて話していることはわからないのですが、発達障害でない人も、自分が今感情を乗せて話していたかどうかがわからないことが多いというところです。

なぜなら、発達障害でない人同士は、全く意識することなく感情のやり取りができるので、それが当たり前になっているからです。

だから逆に、「自分が今した発言に感情が乗っているのかどうか」がわからないことがあるみたいです。

対策はできるけど、やっぱり発達障害者と話すのは大変なのかも…

発達障害者が何がわからないのかがわかったりすれば、話が通じないと感じた時に対応することができるようになりますが、やっぱりどうしても「ひと手間」かかるという感じになってしまいますよね。

障害者なんだからしょうがないという部分もあるとは思いますが、やっぱり「みんなと一緒」というようにはいかないということですね。

「感情がわからない」ということをわかってはいても、それを日常の1つ1つのやり取りに落とし込むのがうまくいかないこともあります。

だから、一回話が通じなくて、あとからいろいろ話し合ってやっと理解しあえるということも少なくないと思います。

正直めんどくさいと思うこともあるんだろうなと思います。

私も、何かわからないことが起きているときは、怖いし、パニックのような状態になります。

こういう時間は誰にとってもよくない状態だと思いますが、なくすことはなかなかできないものですね。

それでも「理解しあえる」ほうが絶対いい!

それでも、「理解しあえない」のと「時間はかかっても理解しあえる」のとでは全く違いますよね。

すんなりとは理解できなくても、お互いの思いを話し合える状態が保てるのは、「感情がわからないことがあるんだ」とわかっているからだと思います。

今回の「励ます」ということも、どうしてもそのままでは理解できないことなんだと思います。

でも、完璧にはわからなくても、ちゃんとわかるということを伝えたり、お互いのわかることとわからないことを話し合ったりすることで、「みんなと同じ」ではなくても、理解しあえている状態にはなれるかなと考えています。

そうしていくと、わからないことでも、「なんとなくプラスの感情らしい」というくらいにはいろいろなこともわかってくるので、その後の意思疎通は多少楽になると思います。

「わからないから怖い」ということもあるし、「わかりたくない」わけでもないので、やっぱり、できるだけ理解しあえているという状況はとてもうれしいと思います。

「わかってもらえる」ことも幸せだけど、「わかってあげられる」ことも幸せですよね。

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