発達障害者の「言語化していない」とは「文字なしRPG」状態のことだった!?

頭の中で考えていることをあまり言語化していないそうです。ちかです。

私は病院に行って、臨床心理士さんに「言語化が苦手だよ」と言われました。

なんか、頭の中で考えていることが、あまり言語化されていないんだそうです。

私は「言語化できる」という状態がどんな状態なのかよくわからないので、あまりよくわかりませんが、確かに喋るのが大変なことがあります。(笑)

正確にいうと「言語化」というのは「話すのが大変」とか「書くのが大変」みたいなことだけじゃないらしいんですけどね。

でも、見た目でわかりやすい「苦手さ」みたいなのはそういうところなのかなと思います。

じゃあ、言語化していないと他に何が大変になるのかというところですよね。

それについても心理士さんが教えてくれたのですが、その「言語化していないことによって起こる問題」について考えてみると、「言語化している」と「言語化していない」という状態の違いはゲーム画面の「文字」があるかないかという状態に近いのかなと感じました。

まさに「文字化されているかいないか」という違いですけどね。(笑)

というわけで今回は、「言語化している」状態とはなんなのかということとについて考えてみようと思います。

「言語化している」と「していない」の違い

臨床心理士さんが私に言ったことに「頭の中で言語化していない」ということがありましたが、この状態だと困ることがあるそうです。

具体的にいうと、「その体験の意味や状況を理解しにくい」ということだそうですよ。

それを聞くと、なぜ「言語化していない」と意味や状況を理解しにくいのかというところが疑問になりますよね。

それについて詳しく説明されたわけではないのですが、聞いたことから私が感じたのが、「RPGに文字があるかないか」の違いのような感じなんじゃないかということです。

そう感じるまでには、心理士さんが言っていることが私の中のどの状態に当てはまるのかを考えたり、私が「言語化していない」と言われるということは、普通は「言語化している」ということだと言えると思うので、私と家族の感じ方の違いについて考えたりしました。

そうして考えてみると、家族の言っている世界がまるで「RPG」のようだなと感じました。

人が普通に感じ取っている色々なことは、私にとってはRPGでしかみたことのないような情報でした。

ということは、私の生きている世界というのはRPGから文字情報がなくなった世界と言えるのではないかと思ったんです。

具体的にはどういうことなのかをまとめてみようと思います。

RPGの戦闘画面に文字が表示「されなかったら」…

RPGの有名どころといえば「ドラクエ」がありますが、「ポケモン」もRPGだそうです。

こういうゲームは色々なものや人を選択して情報を得たり、戦いの画面では文字によって表されている「コマンド」を選択していくことで戦闘を行って経験値やらを得ていくようになると思います。

もしこの文字表示が全くなかったら、どんなことになるでしょうね。(笑)

文字表示だけでなく、それに伴って表示されている「枠」や「選択を求められていることがわかるような表示」ももちろんないと考えてください。

そうすると、画面から得られる情報は「絵」だけになりますね。

こうなると、ものを選択したり人を選択しても何も情報は得られないし、そもそも、話が始まったかどうかがわからなかったり、戦いが始まったかどうかもわからないと思います。

ここで大事なのが、戦いが始まった時は「絵」も変わるということです。

私が心理士さんに言われたことに1つに、「判断ができないわけじゃないけど判断するために必要な情報を得るのに時間がかかるから、行動が人よりワンテンポ遅れがち」だということがありました。

つまり、文字がなくて「絵」だけしか情報がないと、判断できないわけじゃないけど、ちょっと時間がかかることがあるということです。

だから、RPGに文字表示がないときに起きることは主に2つで、

  • 全く得られない情報が出てくる
  • いつかは理解できても、時間がかかることがある

ということです。

というわけで、RPGを例に、実際にはどんなことがわからないのかについてあげてみようと思います。

実際に「全く得られない情報」とか…

「文字なしRPG」で全く得られない情報とは、主に「ストーリー」や「相手や自分の状態」の2つじゃないでしょうか。

これはもう文字で表すしかないし、絵だけではどうしても詳しい説明はできませんよね。

これは要するに「物事の流れ」や「今現時点での状態」ということになるのではないかと思います。

これは現実で具体的にいうと、「なぜ今これをしているのか」や「いま自分はどうしていればいいのか」「相手に何を求められているのか」みたいな感じになるかなと思います。

今あげた具体例は主に私が普段わからなくて不安に感じやすいことです。(笑)

私が仕事をしているときによく不安になる状況で考えてみます。

私が不安になるのは仕事中に人に話しかけられたときです。

なぜ不安になるのかというと、

  • 今している会話の内容がどのくらい重要なのか
  • 相手はどのくらいの時間話すつもりでいるのか
  • 私はどのくらい長く返事すればいいのか(どのくらい詳しく説明するべきか)

などのことがわからないからです。

これに関しては私は全くわからないので、みんなわからないんじゃないかと思うのですが、だいたいわかることが多いみたいですね。

それに加えて、人が自分に話しかけてきそうかどうかということも私にはわかりません。

なんか普通はだいたいわかるらしいのですが本当かな?

私には全くわからないので「疑っている」というより、「信じられない」状態だということを一応言っておきます。(笑)

そして、「話しかけてきそうかどうか」がわからないことによって、私は、いつでも驚かされている状態になります。(笑)

家族の説明によると、自分に話しかけようとしている人というのはちょっと違った感じでいるので、「あ、話しかけてきそうだな」とわかるらしいです。

つまり、頭の中で、「田中さんが話しかけて来ようとしている」みたいな情報を得ているということなんでしょうね。

こういうと面白い感じになってしまいますが、これはいたって普通のことなんだと思います。(笑)

こんな感じで、言語化している場合としていない場合での捉え方の違いについて考えてみました。

文字表示による違い 「表情と態度の場合」

私が人と話しているときに得ている情報は、「人が話している言葉」以外にありません。(笑)

自分では人の表情も読み取れるつもりで生きているのですが、それがちょっと、というか正直にいうと完全に間違っているらしいです。(笑)

だから、ちゃんと得られる情報は「人が話している言葉」だけということになりますね。

でも、人は話しているときに、言葉だけじゃなく、たくさんの情報を放っているということがわかっています。

それについては↓の記事を参考にしてみてください。

言葉には感情が乗ってるんだってよ!
発達障害のちかです。 今回は、発達障害者が最もわからないことなんじゃないかと思う「言葉に乗った感情」の話です。 発達障害でない人は当た...

この記事でもわかるように、人が言葉自体から受け取れる情報というのは情報全体の30%程度だということなんです。

それ以外の情報がない状態だと、いくらでも勘違いが起こるし、不確定情報が多すぎて不安になりやすいということになるんだと思います。

ここで私が感じたのが、人は「表情」や「態度」などからいろいろな情報を得ているのではないかなということです。

もし、言語化していると、どんな情報を得られるかをRPGっぽく考えてみると、

「田村さんは怒っている」

「斎藤さんは真剣だ」

「加藤さんは伊藤さんを下に見ている」

みたいな感じになるのかなと思います。(笑)

私はゲームが好きなので、ゲームでありそうな文章を考えてみました。

おそらく言語化されているとこんな感じの情報が得られるんじゃないかと思います。

これが私(言語化されていない)だと、

「山田さんは表情がない」

「加藤さんは笑顔だ」

「中村さんはどこかを見ている」

という感じですね。

これがまさに「絵」としての情報に近いと感じるかもしれません。

おそらく言語化されている人はそこから他にも情報を得られるんじゃないかと思います。

はっきりいって私の得られる情報だけでは私は「だからなんだ?」と思います。(笑)

要するに自分でも得たい情報が得られていないという感覚があります。

だからこそわからなくて不安になるということなんだと思いますけどね。

得られていない情報を得たいのでいろいろなことを考えますが、私にはいろいろな選択肢を考えることしかできないし、考えられる選択肢だって、私の少ない情報からしか出てこないので、結果的に情報が増えることは絶対にありません。

その情報を得るための何かが欠落しているということなんだと思います。

だからこそ「障害」何でしょうね。

「いつかは理解できても時間がかかること」とは…

そして、言語化できなくても得られる情報もありますね。

それで得られたとしても、文字として得られた方が早いこともあります。

そういうことの例として私が一番に思いつくのが「片付けの時間」です。

「じゃあ片付けましょうか」と言われることもありますが、そういう発言などはないまま、突然片付けが始まることがありますよね。

仮に、片付けが始まったことがわかったとしても、「片付け」って要するに何をするのかがわからないこともあります。

今回これを書くにあたって、姉に話を聞いてみました。

すると、「片付けをする空気」というものが存在するそうです。

多分それはかなり高い確率で存在するものなんだと思います。

そうじゃないと、私だけが片付けのときに取り残されることに説明がつかないですよね。(笑)

これに関しては、文字が表示されている場合、

「片付けの時間です!」

みたいな表示が出ているような状態なんじゃないかと思います。

ゲームでよくありますよね。

そして、文字が表示されていない場合だと、そのテロップは出ませんよね。

だから私はその時点では動き出さないのですが、そのテロップをみて片付けを始めた周りの人の行動は見ることができますよね。

それを見ることで、私は何をしているかを確認することになります。

そこから片付けを始めることになるので、言語化している状態よりは時間がかかることになりますね。

こんな感じで、言語化できないことによって、得られない情報があったり、理解するのに時間がかかることがあるのだと思いました。

言語化できなくても、「初めから言語として表されていること」は情報として得られる

ゲームと現実とで大きく違うのが、人が声を出して話をするということですよね。

まぁ最近のゲームは音声も入っているものもありますけどね。

それはいいとして、声に出して話す時というのは、言語化して話しているということになるので、それは情報として得られるものだということですよね。

といっても、私の場合は少なくとも、言語化が苦手ということに伴って、耳から入る情報に弱いということがあるので、情報としては受け取れるものであっても、それをちゃんと受け取れるとは限らないこともあるということですね。(笑)

一番いいのは、目で見える形で言語化されているという状態らしいです。

要するに「文字にしてある」ということですよね。

それについては一応記事にしていますので参考までにどうぞ↓。

発達障害の頭の中の言語化~メモで文字にするだけでも効果あり!
頭の中で考えていることをあまり言語化していないそうです。ちかです。 私は臨床心理士さんに、「言語化が苦手」だと言われました。 そして、「耳で...

この「感じ方自体」がとても発達障害者的なのかもしれないと思った(笑)

私が今回のことで一番面白いなと感じたのが、言語化ができる人はRPGのような世界で生きているんだなと感じたことでした。

むしろ、RPGの方が、ゲームの中でどれだけ現実に近づけられるかというか、人が感じられるはずのことをどのように伝えていくかを考えた結果作られているんだから当たり前っちゃ当たり前なんですけどね。(笑)

でも私はそういう世界では生きたことがなかったので、言語化している人の得ている情報について聞いたときに、「RPGみたい!」と思ったこと自体が面白いなと思いました。

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