発達障害の特徴の「本当の意味」はなかなか伝わらない【発達障害の理解の難しさ】

もう、難しいよ…。ちかです。

私は最近、発達障害の特徴などを説明する言葉は、なかなか本質を理解するのが難しいなと感じています。

発達障害の説明として使う言葉は、発達障害でない人にも使う言葉であることが多いんですよね。

そうすると、「発達障害とか言って、みんなそうだよ」みたいに思ってしまうことになってしまうんですよね。

私自身、自分が発達障害だと気が付かなかったことの理由の1つに、発達障害についての理解が難しかったからということがあると思います。

というわけで今回は、なぜ発達障害について理解するのがそんなに難しいのかということを考えてみようと思います。

発達障害の理解の難しさ 特徴を理解するのが難しい

私が最近、発達障害に関して考えていて感じるのが、発達障害の特徴を説明している言葉は発達障害でない人にも使う言葉だということから、発達障害についての説明の本当の意味を理解できないということです。

発達障害者の説明をするのにも、発達障害ではない人にも使うような言葉を使うしかないので、表現が同じになってしまって、発達障害者に本当に起こっていることがわからないんですよね。

よく言われるのが、「発達障害者は空気が読めない」ということだと思いますが、「空気が読めない」という言葉は発達障害でなくてもざらに使われる言葉ですよね。

こうなると、「発達障害とかいってさ、誰にでもあることを障害みたいに言ってさ」ということになってしまうと思います。

でも本当は、発達障害者の「空気が読めない」と発達障害でない人の「空気が読めない」は、全然意味が違うんですよね。

こうして「違う」と言うことは簡単ですが、その違いを説明するのはとても難しいと思います。

なぜなら、発達障害者は発達障害者としてしか、発達障害でない人は発達障害でない人としてしか生きたことがないからです。

そうなると、相手側がどういう状態なのかがわからないので、どう違うかを説明するのはとても大変になってしまいますよね。

私はこのブログで、できるだけ私自身に起きていることを説明できるようにしたいと思っているのですが、それを説明するのにも、「もしかしてこれって何か違うのかな?」と思うことを探して、それについて自分が感じることを家族に話して、それを聞いた家族が、「私はこう感じるよ」とか言ってくれたことに対して私が何かを返すと、家族が「え!なんか違う気がする」となる、というような感じで、長いやり取りを経ています。

それでも違いを理解するのはとても大変で、記事を書くのも大変だと感じることも多いです。

そもそも違いを説明できているかどうかよくわからないし。(笑)

これがそもそもの、「発達障害の理解の難しさ」だと思います。

発達障害者本人が「自分は発達障害かもしれない」と思うことも難しい。

↑で書いたようなことが起きるのは、その人が発達障害者だとしても変わらないと思います。

もしかしたら、自分が発達障害だと知らずに生きて生きた発達障害者は特になのかもしれませんが、そういう人は、それまで問題なく生きてきているはずです。

私の場合、自分のことを「空気も読めるし、人の感情もわかる」と思って生きてきました。

本人がそう思っていたって本当は空気も読めないし、人の感情もわからない状態で生きてきているのですが、それがわかるのはとても大変なことだと思います。

私自身、学生時代などは「ちかは『あえて空気読まない』だからね」と言われていました。

私は、自分が空気が読めないとは知らなかったのですが、その理由が、空気を読む気がなかったからだと思います。(笑)

そうして、空気を読む気がない態度が、周りから見ると「あえて空気読まない」にみえたのかもしれません。

そもそも、本当の意味で「空気が読める」人なんてそうそういないという話は置いといて、とにかく、自分の感覚のことしかわからないのに、自分がどのくらい空気が読めるかなんてわかるわけないと私は思いますが、それももしかしたら発達障害だからなのかもしれません。(笑)

そんな感じで生きてきた私が、自分が発達障害だと気が付いたのはメンタルクリニックへ行ったからでした。

自分一人ではなかなか気が付かなかったことだろうと思います。

解決法 「基本的に理解できないものだ」と理解しておくことが大事かも?

私が最近感じているのは、発達障害者とそうでない人は全く違う世界を生きているなということです。

発達障害者によって、苦手なことも違うので、発達障害者同士でも見ている世界は結構違うんじゃないかと思うのですが、発達障害でない人はさらに違うと思います。

同じものを見ても全く違う情報を得ているということを考えると、それは間違いないなと思うのですが、そうなったら、お互いのことを理解することなんてそりゃ大変ですよね。

でも、発達障害者の様子というのは、発達障害でないとしてでも考えられるような行動になっている場合が多いんだと思います。

その行動が起きている原因は違くても、「見た目ではわからない」というのはまさにこのことですね。

だから、一番いいのは、「基本的には理解できないものだ」と思っておくことじゃないかと思います。

それは、発達障害者がそうでない世界を考えるときもそうだし、その反対ももちろんそうです。

そうすれば、「勘違い」が起こることがなくなって、逆に理解できるのが早くなると思うからです。

私は最近、「自分が感じていることは、発達障害でない人が感じていることとは違うだろう」と基本的に思っているようになりました。

それまでは、「発達障害でない人と基本は同じだけど、違うこともまれにある」と思っていたので、違ったときに(違うことのほうが多いけど(笑))、困るということになっていたのですが、考え方を変えたことによって、同じだったときに喜べるようになりました。

結果として、理解することが変わるわけはないので、その時に喜べるか喜べないかというのはとても大きいんじゃないかと思います。

発達障害者もその周りの人も悩む時間が少なくなるといいですよね。

シェアする

フォローする

関連記事